われわれの脳は多数の神経細胞から伸びる繊維が互いに結合することにより成立している。その発生において、神経細胞から伸張した軸索は決まった経路を進み、最終的に無数の候補からシナプス結合の特異的なパートナーを選択する。このシナプス結合の特異性を制御する分子機構は神経科学の主要な研究課題であるが未だ多くの謎を残しているのが現状である。われわれは、この課題に対してショウジョウバエの嗅覚系を研究対象とし遺伝学的なアプローチを行うことにより、分子レベルでの制御機構と様式を解明することを目指した。 ショウジョウバエが持つ1300個の嗅神経細胞は、それぞれが60種ある嗅覚受容体のうちの一種のみを発現している。さらに同種の受容体を発現している嗅神経細胞群は、脳内の嗅覚一次中枢を構成する50個の糸球体のうちのひとつに特異的に軸索を収束させる。われわれはこの特異的投射に異常を示す変異体の分離を試みたところ数種のパターンの表現型((1)投射位置の移動、(2)投射先の数の増加、(3)糸球体の消失、(4)糸球体からの軸索の過伸長)に分けられる変異を同定することができた。そのうちのひとつの変異の解析から、Notchシグナルが、嗅神経細胞分裂時の非対称な運命決定を制御しており、その結果、嗅覚受容体の発現制御と軸索の嗅覚一次中枢内での経路選択を制御していることが明らかとなってきた。われわれはさらに嗅神経細胞が存在する触角での遺伝子発現をマイクロアレイにより解析することにより投射制御を行う受容体、分泌性因子、接着分子等の探索を進め、その結果、嗅覚一次中枢における糸球体の形成あるいは配置を制御する分子を同定した。
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