我が国に近代技術が根付き始めた時期の地方藩校を中心とした科学技術伝習について明らかにするために、旧盛岡藩の洋学校日新堂を起点として、前年の2年間で収集した資料のデータベース作成を行なうとともに、創設者の一人である盛岡藩士大島高任の関西方面の足跡を追い、大和郡山市柳澤文庫および熊取町教育委員会の所蔵資料調査を行なった。 この結果、前者では大和郡山藩で大島が蘭式大砲を鋳造した時期の西洋砲術に関する秘密保持の請願連署状を、後者では大島の鋳造したものと思われる蘭式大砲の写真(昭和初期撮影)を発見することが出来た。これにより、長崎・熊本で大島が学んだ大砲鋳造に関する知識の深さとともに、大島が入門した大阪の適塾の人間関係がその伝習に及ぼした影響を推し量ることが出来る資料とすることが出来た。 また、前年度までに作成した印刷形式のデータベースに今年度の調査分を加え、そのデータベースをweb公開するために電子化の作業を行ない、試行的に公開を開始した。
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