1、近畿大学図書館蔵嵯峨本『伊勢物語』(慶長十三年初刊本)を高精度デジタル画像に収め、デジタル画像データから単字・連綿の印字(活字)画像を切り出して解析し、活字文字の同定を行う作業を進めた。この作業には画像研究支援ツール・イパレットネクサスを使用し、文字画像の解析に有効な機能を追加した。この調査を通じて得た現在までの知見は以下の通りである。 (1)半丁ごとに撮影したデジタル画像データから、矩形によって活字ごとに印字画像を切り出し、印字長・幅を自動的に計測した。この作業は同じ字母を用いる木活字の同定に有効である。切り出した印字画像に電子付箋によってさまざまな情報を加えて画像同士を関連付け、それをデータベース化する方法を確立した。 (2)印字長調査およびグリッドによる推定から、嵯峨本『伊勢物語』では一字一活字を全格として連綿活字の場合、その整数倍格の駒に文字が彫られていることが判明した。全格の縦幅は平均12.5mm程度で、現存する他のいくつかの古活字版のものとほぼ一致する。その結果、本書の活字は版下を木版に起こし、版木を切って活字を作ったという通説とは異なり、予め規格された活字駒に彫られたものであること、またそのため単字活字の文字は連綿文字と異なり、四角の活字ボディーに収まるようにデザイン化されたものであることが明らかになった。 (3)明治の近代活版印刷術における仮名活字および明治文芸の版面との比較を行い、本来連綿で書かれるべき仮名が分断されることでどのように文字および版面が変容したのかを明らかにし、その成果を論文として公表した。 2、研究協力者(高木浩明)は、国立国会図書館など全国に所蔵される嵯峨本の書誌的調査をして、印刷技法研究のための地盤固めを行なった。その結果、多くの版を有する『伊勢物語』の異版・異植字の関係について、従来の説を訂正することができた。明らかにし得た知見の詳細については、研究協力者が論文として公表した。
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