研究概要 |
チロシンキナーゼSykは乳癌等を用いた解析によりその悪性化を阻止する作用が報告されたが分子作用機序については未解明である。Sykが発がんとその後の病態に抑制的に関わる分子作用機序を明らかにするため、骨髄微小環境における白血病発症モデルとなる実験系を利用した。フィブロネクチンまたはヒアルロン酸を塗布した培養プレート上で、増殖因子依存性細胞株BAF3および32DをケモカインCXCL12で刺激し、誘導されるシグナル伝達を、細胞接着性、運動性および細胞形態の変化とともに解析した。両細胞株は刺激後すみやかに形態変化をおこし、細胞極性を伴った移動を開始した。すなわち細胞移動の前方側に葉状突起、後方側に細胞が収縮したような構造、uropodが生じた。この変化と呼応してSykの活性化が認められた。そこで野生型およびキナーゼ不活性型、優性抑制型,Sykをこれら細胞株に導入した。Syk野生型の大量発現により刺激前より細胞極性を示す細胞が増加したがキナーゼ不活性型ではそのような効果は得られなかった。また、優性抑制型Sykを発現した場合には、刺激前の細胞移動度が上昇し、細胞極性の形成、典型的なuropodの構造が消失した。この細胞では細胞接着も減少しており、SykがCXCR4により誘導される細胞極性とuropod構造を介した細胞接着の両シグナルの上流で機能することが示唆された。そこで、この機構に関わるシグナル伝達分子としてRho-pathwayの活性化について解析した。野生型細胞株ではCXCL12刺激によりRhoAの活性化型が速やかに上昇したが、優性抑制型Syk発現細胞では上昇が認められなかった。本研究の成果は、チロシンリン酸化を介したケモカインシグナルが、細胞の極性化と接着制御により骨髄微小環境での安定した造血細胞の成熟に寄与する事を示しており、癌悪性化に関わる分子メカニズムの解明に寄与する。
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