正常細胞の不死化はほとんどの場合、原癌遺伝子の活性化や癌抑制遺伝子の不活性化などの遺伝子異常によりもたらされる。胚性幹細胞(ES細胞)は哺乳動物の胚盤胞(ブラストシスト)に由来する幹細胞で、成体を構成するすべての細胞へと分化できる多能性を維持したまま、無限に増殖する。またES細胞を生体に移植すると三胚葉系の様々な組織を含む奇形腫を形成する。遺伝子異常を持たないES細胞がなぜ不死であり腫瘍形成能を持つのかはほとんどわかっていない。これまで、ホメオボックス転写因子Nanogが分化多能性の維持に必須であることも見いだした。Nanog欠損ES細胞は分化多能性を失っているが依然不死であったことから、ES細胞のもつ2つの特性、すなわち多能性と不死性は独立した機構によりもたらされていると考えられた。さらにES細胞はRas蛋白質ファミリーの新しいメンバーであるERas (ECAT5)を特異的に発現していることを見いだした。ERasは最初から悪性変異型Rasに相当するアミノ酸を有しており、実際に大部分がGTP結合型として存在している。本研究の目的は、ES細胞における不死性におけるERasやその他の因子の役割を解析することであった。 1.ES細胞の樹立におけるERasの役割 ERasはブラストシストを含む初期胚では発現せず、ES細胞でのみ発現していることが示唆されている。ERas遺伝子を欠損したブラストシストからES細胞の樹立を試みた結果、ERasはES細胞樹立に必須でないことがわかった。 2.ERasのエフェクター解析 ERasの下流シグナル探索した結果、RafやRalGDSには結合せず、PI3キナーゼと特異的に結合することを明らかとした。 3.ERasの膜局在機構の解明 Rasが膜局在する機構を解析した結果、他のRas蛋白質と同様にファルネシル、メチル化、パルミトイル化という、複数の脂質修飾が必要であることを明らかにした。
|