共有性結合をもつIII-V族化合物結晶を電子照射すると、電子エネルギー、温度、試料形態等をパラメータとして相生成への様々な応答が起こる。本研究では、試料としてGaSbをとりあげ、電子照射による相生成の応答にこれらのパラメータがおよぼす影響について調べ、電子励起効果の原子移動への寄与に関する知見を得ることを目的とした。粒径10-20nmのGaSbナノ粒子においては、エネルギー75keV、423Kでの電子照射によって閃亜鉛鉱構造をもつ化合物ナノ粒子がSbをコアにGaをシェルとした二層構造をもつナノ粒子に相分離することがこれまでの研究から明らかにされている。本研究において、このような相分離が以下のプロセスで起こることを明らかにした。(1)電子照射による異種原子間結合の不安定化によってまず化学的不規則化が起こる。(2)化学的規則度の著しい低下による同種原子のクラスタリングから、固体Gaの表面エネルギーが固体Sbのそれよりも若干小さいことによる効果が重畳してGa原子が粒子表面近傍へ拡散して組成変動が誘起される。(3)ナノ粒子においてはバルクに比べて化合物の固溶限が拡大し、Ga濃度が増加したGaSbシェルとSb濃度が増加したGaSbコアにおける化合物の化学量論組成からのずれが一定の範囲までは化合物の構造を保つが、それを越えると閃亜鉛鉱構造そのものの不安定化が起こる。(4)その結果、二層構造をもつナノ粒子への相分離が進行する。 一方、温度293Kにおいては原子の長距離拡散が抑制されるために、化学的不規則化をへて、異種原子間結合の不安定化に起因した局所的な原子変位の凍結であるアモルファス化が表層から進行する。また、照射電子エネルギーを200keVまで高くすると、長距離の原子拡散が可能な423Kにおいてもアモルファス化が誘起されるにとどまり、電子励起誘起原子移動の断面積が75keV照射におけるそれの約38%まで低下したことによると解釈される。以上の結果から、こうしたナノ粒子における相変態が電子励起に関連したプロセスであることを明らかにした。
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