分子科学における強い電場が関与して起きる構造形成の課題として、(1)荷電高分子DNAの低誘電率膜孔の通過(Phys.Rev.Lett.2005年掲載)、(2)強いレーザー照射で誘起されるフラーレン分子の変形、を古典および第一原理分子動力学シミュレーション法を用いて研究した。また、(3)分子動力学研究に最適な計算機であるPCクラスター計算機を、わずかなコストで高速化する通信ソフトウェアを導入、Fortranで安定に利用する方法を開発整備した(日本物理学会誌、2004年12月号)。その概要は、(1)膜孔を通過する高分子やイオンは、細胞膜の水チャンネルやイオンチャンネルと関連した興味あるテーマであり、また人工膜孔によるDNAセンサーとしての応用も考えられる。今年度用いたモデルは、直方体の孤立した箱(細胞)内の中央を有限厚みの膜でしきり、その中央にイオン径の数倍の直径をもつ孔をあける。誘電率は溶液中で80、膜内で2である。DNAは帯電モノマー1個(リン酸基)と中性モノマー2個(糖リングと側鎖に対応)の連鎖した高分子とし、溶液中には1M濃度のKClに対応する塩イオンをおいた。この系では空間的に誘電率が変化するため、短距離・クーロン力(イオン間で直接和)のほかに、長距離クーロン力については誘電率を含むポアソン方程式を実空間で解いて電場を決定した。主要な結果は、(a)膜孔内では低誘電率膜による電場の濃縮が起き、共イオンが排除される、(b)DNAは対イオンにより完全に電荷中和される、(c)DNAは誘電率の違いによる電場濃縮効果のため、膜壁から離れて位置、このためDNAはバルクに比べて伸長した状態を保つ、である。膜孔から動ける塩イオンが排除された結果、膜孔を通り抜ける電流は大きく減少した。(3)短ベクトル演算やスカラー演算が主である分子動力学シミュレーションでは、通常のベクトル型スーパーコンピュータはあまり威力を発揮せず、量子力学コードではPCが100倍価格の高い同数のベクトル型並列計算機の性能を上回る。このPCクラスターには大きな演算時間のオーバーヘッドが存在したが、非TCP/IP通信の高速通信ソフトウェアGAMMAの導入により、このオーバーヘッドがTCP/IPの通信待ち時間(Latency)にあることを証明し、かつその除去に成功した。
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