昨年度に引き続き、モット絶縁体である分子性半導体において、反射型フェムト秒ポンププローブ分光法を用いて、光励起によるキャリアドーピングに基づく超高速の絶縁体-金属転移(光誘起モット転移)の探索を進めた。モット絶縁体であるM2P-F4TCNQ結晶を時間幅100フェムト秒の光パルスで励起すると、ギャップに対応するF4TCNQ分子間の電荷移動吸収帯のスペクトル強度が減少し、赤外域のスペクトル強度が増大する。この結果から、高伝導性を有する電子状態が生じていると予想されている。本年度は、反射率変化スペクトルの測定領域を高エネルギー側は可視領域まで、低エネルギー側は15ミクロンまで拡張し、精密なスペクトロスコピーを行なった。得られた過渡反射スペクトルからクラマースクローニヒ解析によって誘電率虚部スペクトルを求めた。低エネルギー領域では誘電率虚部スペクトルは、エネルギーゼロに向かって単調増加しており、光励起によって金属状態へ転移していることが確認された。さらに、M2P分子とF4TCNQ分子が交互に並んだ方向でも同様な精密反射率変化スペクトロスコピーを行なった。その結果を解析したところ、やはり金属的な電子状態が実現していることがわかった。以上の結果から、この物質では、光照射によって二次元的な金属状態が実現していることが結論された。この光誘起絶縁体金属転移のもう一つの特徴は、この転移が極めて高速に起こることである。金属状態は光照射後瞬時に生成し、1ピコ秒程度の時間で緩和することがわかった。このような高速緩和は、電子-電子散乱によるものであり、この種の強相関電子系に特有な現象であると考えられる。
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