究極的に安定な金属ガラスとは原子の移動が非常に困難なものをさす。このため金属ガラスにおける熱安定性の議論には熱平衡的な取り扱いのみならず速度論的な取り扱いが不可欠である。本研究では金属ガラスを構成する元素の移動速度(拡散係数)、同位元素効果および示差走査熱量計による熱量測定などをできる限り総合的に取り扱い、金属ガラスにおける原子の移動現象を解明し、金属ガラスにおける原子の拡散と熱的安定性に関する材料科学を構築することを目的とした。この目的を達成するため、具体的にはPd-Cu-Ni-P金属ガラスの構成元素であるCuおよびPの拡散データを蓄積し、速度論の立場から金属ガラスの熱的安定性を議論する。本研究では、世界で市販されていない放射性同位元素(^<67>Cu)を加速器を用いて製造することにより、他の研究グループが実行困難な拡散研究を行うことが可能になった。実験を行った結果、Pd-Cu-Ni-P金属ガラスにおけるPの拡散係数はCuのものより2桁小さいことを見いだした。また、この著しく遅いPの拡散はPの周りの局所的な化学結合によることを示唆しており、Pd基金属ガラスの熱的安定性を理解する上で重要な知見を見いだした。また、Pd-Cu-Ni-P金属ガラスにおけるCuの拡散には速い拡散と遅い拡散があり、その拡散係数の差はガラス転移温度近傍において1桁にも達することを発見した。また、拡散の活性化エネルギーは速いものと遅いものでは100kJmol^<-1>以上異なることがわかった。これはPd基金属ガラス中のCuの拡散経路は二つあることを示唆している。
|