水溶液中における生体分子の挙動を明らかにするには、生体分子そのものの水和構造、特に生体分子を取り巻く最近接水分子との相互作用を解明する必要がある。生体分子は複数の官能基を有し、各々の官能基毎に特徴のある水和構造をとる。本研究では、同位体置換法中性子回折実験およびX線回折実験等の実験手段を用いて、水溶液中における生体関連分子の官能基毎の水和構造について研究を行い以下の成果を得た。 1.生体分子に普遍的に存在するカルボキシル基周囲の水和構造を明らかにする目的で、8mol%酢酸ナトリウム重水溶液に対して^<12>C/^<13>C同位体置換法中性子回折実験を実施し、カルボキシル炭素周囲における水分子の構造情報を含む干渉項の差Δ_C(Q)および分布関数G_C(r)を得ることができた。カルボキシル基周囲には4.0(1)個の水分子が各々1つの水素原子をカルボキシル基の酸素に向ける配向を取っており、最近接C【triple bond】D_W距離は2.63(1)Åである事が明らかになった。 2.アミノ酸分子の光学活性の違いが溶液中の分子間水素結合構造に及ぼす影響を検討するために、2.5mol%DL-アラニンおよびL-アラニン水溶液に対してH/D同位体置換法中性子回折実験を行った。その結果、DおよびL体分子の等量混合物であるDL-アラニン水溶液中に比較して、L-アラニン分子のみを含む重水溶液中の方が、分子間水素結合が約2%弱いことを初めて見出した。 3.水溶液中におけるフォルミル基水素周囲の水和構造を調べる目的で、12mol%ギ酸リチウム水溶液に対してH/D同位体置換法中性子回折実験を行った。実験から得られたフォルミル水素周囲の構造情報を含む干渉項の差Δ_H(Q)の最小二乗法解析より、溶液中におけるギ酸分子内構造およびフォルミル水素周囲の水和構造に関する詳しい知見を得た。
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