情報伝達系で機能するタンパク質には、リガンドと結合することによって立体構造が変化し、下流に位置する因子と相互作用できるようになるものが数多く知られている。こうしたタンパク質の機能発現のメカニズムを理解するためには、構造変化過程を明らかにすることが欠かせない。本研究では、リガンド結合に伴って立体構造が変化するモデル系として、カルシウム結合タンパク質calmodulin(CaM)を採用し、マルチカノニカル分子動力学法に基づく理論的アプローチにより構造変化メカニズムの解明を目指した。我々は、昨年度までに、Ca^<2+>非結合型のCaMのNMR構造に2分子のCa^<2+>イオンを付加したモデル構造から出発したシミュレーションを行い、Ca^<2+>結合型の構造に遷移させることに成功した。今年度はこの成果に基づき、立体構造変化パスウェイの解析法の開発を行った。今年度の具体的な成果は以下の通りである。 1.シミュレーションの結果生成される大量のトラジェクトリデータを効率的に解析するために、類似の構造をクラスタにまとめるプログラムを作成した。これを、Ca^<2+>結合型CaMのモデル構造から出発したマルチカノニカル分子動力学シミュレーションの結果得られた、250000のスナップショット構造に適用し、815のクラスタに分類した。各クラスタはエネルギー曲面上のエネルギー極小状態に対応している。 2.クラスタ間の遷移を、グラフを用いて可視化するプログラムを作成した。これを上記クラスタに適用し、遷移確率の低い(エネルギー障壁の高い)遷移の前後で大きな構造変化が起きていることが明らかとなった。ここから、(1)N端側Ca^<2+>サイトのAsp20、Asp22、Asp24とCa^<2+>との間のsalt bridgeの形成、(2)Phe19側鎖の疎水コアへの嵌入、(3)N端側Ca^<2+>サイトのGlu31とCa^<2+>との間のsalt bridgeの形成、を経て構造変化が完成していることが示唆された。現在、この構造変化のパスに沿った自由エネルギープロファイルの計算を行っている。これによって立体構造変化の駆動力と律速段階を明らかにすることができると考えている。
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