研究課題
トレハロースは、生物が乾燥状態に置かれたとき水の代替物質して細胞内に産成される適合溶質であり、細胞を乾燥や凍結破壊から防ぐ役割をする。本研究では、トレハロースを多量に蓄積する生物やモデル系に対する実験及び理論計算を通して、この水代替物質の作用機構を解明し、逆に、生体系における水の役割の本質を探る。1.ネムリユスリカの幼虫は、乾季になると体内から水を失いクリプトビオシス状態(無代謝状態)に至り、雨季になると再び水を体内に取り込み蘇生する。クリプトビオシス状態は、トレハロースの体内蓄積により誘導される。本研究では、乾燥幼虫を丸ごと顕微FTIR及びDSC測定に供し、個体内でのトレハロースの分布及び熱力学的状態を調べた。その結果、トレハロースは個体中でほぼ均一に分布しており、しかもガラス化していることが判明した。また、ガラス転移曲線と蘇生率の温度依存曲線を比較したところよく一致した。以上より、クリプトビオシス状態では、蛋白質や細胞膜はトレハロースのつくる堅いガラスマトリックスに包埋されるため破壊から免れると結論した。脳も臓器もある高等生物がガラスという"物質状態"を介して生命維持することを実証したのは本研究がはじめてである。2.トレハロースのもつ脂質や蛋白質に対する酸化抑制作用を解明するため、NMRと量子化学計算を用いて、ジエンとトレハロースの相互作用を詳細に調べた。その結果、1)この糖はシス配置にある2つの水素原子に選択的に結合すること、2)この錯体はOH【triple bond】π及びCH【triple bond】O型の弱い水素結合により安定化されていること、3)この多重水素結合により活性メチレンからの水素引抜き反応(酸化反応)が抑制されることを実証した。また、これらの現象は他の二糖では見られないので、トレハロースの特異性は、この糖のもつα,α-1,1結合に帰着すると結論した。3.湿度条件に依存したトレハロースの相(状態)転移図をX線回折とDSCの同時測定により作成することに成功した。その結果、T_α相と呼ばれる準安定無水物結晶が低湿度条件下で生成され、この相は吸湿により容易に2水和物結晶に戻ることが判明した。このT_α相は高い吸湿特性をもつため、ガラス状態サンプル中に存在すれば、吸湿剤として働きガラス転移点の低下(ガラスの劣化)を防ぐ役割をすることが示唆された。
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