水等の溶媒中など現実の環境にあって、生体分子をはじめとする内部自由度の大きい分子の構造揺らぎは本質的に重要である。分子動力学法や液体の積分方程式理論等さまざまな統計的な手法を用いた理論的アプローチは、こうした揺らぎを調べていくために必要不可欠な方法論である。ところで、これらの方法の多くは古典力学に基礎を置いているために、注目している分子における化学結合の生成・解裂や電子状態変化といったイベントを記述することは一般に不可能である。一方で種々の量子化学の方法はこうした化学過程の記述には長けているものの、その構造が常に固定された絶対零度条件下の「凍った」分子しか扱うことができない。つまり、溶液内の分子における結合の生成・解裂を伴う化学反応や化学過程に対して構造揺らぎの効果を議論できる理論的手法は、現在にいたるまで確立していない。本申請では、構造揺らぎの効果を取り入れて溶液内分子の化学反応・過程を調べることができる新しい方法論を開発し、それを実際の化学・生体分子系に応用することを目的としている。今年度は、理論開発についての検討を行うとともに、次年度以降の計算結果との比較を行う基礎的データとして位置づけられる基本的な化学過程の1つとして、炭酸脱水酵素による二酸化炭素の水和反応の機構を取り上げ、主に量子化学的手法を用いて詳細な検討を行った。この結果、活性の中心である亜鉛周囲の水分子の位置と、従来のモデルでは無視されて来た残基(Thr200)が、反応機構の決定に大きな影響を与えていることを見いだした。これらの結果は、学術論文として公表予定である。
|