われわれは、神経細胞においてシナプスへの軸索小胞輸送のシステムが発生段階によってダイナミックにオン・オフ制御され、それが神経回路形成過程の基盤を成している可能性を検証してきた。ショウジョウバエ脳においてシナプス間隙に放出される分泌蛋白質HIGは、蛹中期(シナプス形成の初期段階)では軸索小胞輸送を介してシナプスに輸送され、蛹後期(シナプスの成熟化段階)では細胞体にretentionされるという、発生段階特異的な輸送制御を受けている。われわれはこれまでに、HIG蛋白質の解析から、軸索小胞輸送スイッチングの分子機構および生理学的意義を明らかにしてきた。特に、HIGの細胞内局在の変化が小胞体へのretentionの調節を介していることが示唆されている。また、HIGおよびアミロイド前駆体蛋白質ホモログAPPLがともに軸索小胞輸送スイッチングの支配下にあること、両者の間に遺伝学的および生化学的相互作用があることを明らかにし、さらにAPPLのトラフィッキングを制御する上流因子(新規517遺伝子(仮称))の同定に成功した。517遺伝子の変異体においては、Notchシグナルの異常を示唆する表現型が観察され、個体が羽化後早期に死亡した。早期死亡の表現型は、Applとの二重変異で顕著に増悪した。また、これまでに遺伝学的な解析などから、517遺伝子産物がAPPLを含めたいくつかの膜分子の小胞体からのトラフィッキングを制御していることが示唆されている。現在、517遺伝子産物の分子機能をさらに詳細に解析するとともに、この分子の関与するメカニズムがアルツハイマー病における神経変性機構に寄与しているのかどうかを明らかにしていこうとしている。
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