分子モーターキネシンの活性状態(分子内の構造状態)を一分子レベルで検出する手法を確立するために、昨年度は、一分子蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)法を用いてキネシンの分子内構造変化を検出するための手法や装置の開発を行った。本年度は、この手法を応用することにより、微小管上を運動中のキネシン分子内での構造変化の検出を試みた。具体的な観察対象部位としては、キネシンの頭部とコイルドコイルを結びつけるネックリンカー部位(約12アミノ酸)に着目した。この部位のATP加水分解依存的な構造変化がキネシンの二足歩行運動に必須であると考えられているが、それに対する直接的な証拠はまだ得られていないからである。ネックリンカー部位の構造変化を検出するために、頭部に一カ所と、ネックリンカーの末尾に一カ所、ドナーとアクセプターの蛍光色素を導入したヘテロダイマーキネシンを作製した。このキネシンは、蛍光色素での標識後も正常な運動能を示した(つまり変異や標識による運動能への影響は無視できる)。まずATPアナログを用いてキネシン頭部を微小管上に固定した状態でのFRET効率を全反射顕微鏡を用いて測定した。その結果、ネックリンカーは、頭部に結合したdock状態と、頭部から離れたundock状態の2状態を取ることを示した。つぎに、このキネシンを低ATP濃度条件下でゆっくりと連続歩行させ、そのときのFRET効率変化を一分子レベルで観察したところ、ネックリンカーは歩行中にdockとundockの2つの構造状態を交互に取り、その状態遷移が平均8nmステップに一度起きることがわかった。これらの結果は、ネックリンカーの構造変化がキネシンの連続歩行に重要であるというモデルを強く裏付けるものである。
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