研究概要 |
近年,NMRやイオントラップ,単一光子,量子ドットなどを用いて量子回路を物理的に実現し,量子計算機を構築しようという研究が盛んに行なわれている.なかでも,NMR(Nuclear Magnetic Resonance,核磁気共鳴)を用いた量子計算は,近い将来に実現可能であると考えられている.NMR法は,分子を構成する原子一つ一つを区別して見ることを可能にする方法で,現在,有機化合物の分子構造解析の分野で威力を発揮している.しかし,このようなNMR装置を用いて行NMR量子計算は,通常の量子計算とは若干異なり,Bulk量子計算と呼ばれる枠組みであるため,NMR量子計算の理論的基礎を与えるための研究も行われている. また,先行研究では,NMR量子計算が通常の量子計算よりも効率的である可能性が(計算モデルを用いずに)定性的に指摘されている.しかし,このような議論は,明確な計算モデル上で行わなければならない.なぜなら,例えば,NMR量子計算機が,出力値に対する無限の測定精度を持つと仮定すると,論理式の充足可能性判定問題(SAT)が多項式時間で解けるという非現実的な結果が導き出されてしまうからである.実際のNMR装置には,測定精度に関する厳しい制約があるため,NMR量子計算のアルゴリズムの効率について理論的に考察する際には,このような測定精度を十分考慮に入れる必要がある. そこで,今年度の本研究では,このようなNMR量子計算の枠組みを反映させたBulk量子計算モデルを提案し,その性質について考察した.具体的には,出力値の測定精度について厳密な制約を設けても,Bulk量子計算モデル上では,Groverのアルゴリズムの効率が改善できることを示した.この研究成果を応用すれば,将来的に,NMR量子計算を実行する素子数の少ない量子回路の設計も可能になるものと期待される.
|