核-細胞質間蛋白質輸送機構に関する研究は、importin βファミリー分子、importin αファミリー分子、低分子量GTPase Ranやそのサイクルに関する因子群の発見ならびに性状解析が精力的に進められ、輸送機構に関する基本的な分子メカニズムが提唱される段階にまで研究は進展した。しかし、核-細胞質間蛋白質輸送が、個体発生、細胞分化・増殖、細胞周期といった様々な生命現象とどのように深く関連しているのかという点についてはほとんど研究が進んでいない。一方、われわれは、これまでの研究から、importin αが単独で核内に移行する能力を有することを初めて発見するとともに、細胞が紫外線照射や熱ショック、酸化ストレスなどの様々なストレスを受けた時に、そのストレスに応答して速やかに核内に集積するという興味深い現象を見出した。本研究では、ストレスに応答して核内に集積したimportin αが、核内でどのような機能を果たすかを知る目的で、importin α核内集積条件下でDNAマイクロアレイ解析を行ない、発現の変化する遺伝子を探索したところ、発現が著しく上昇する遺伝子として、機能未知のキナーゼであるSTK35を見出した。STK35を恒常的に発現する細胞株を得て、その細胞に酸化ストレスを負荷したところ、コントロールの細胞と比べて細胞死が誘導される割合が上昇した。つまり、STK35は、ストレスを受けた細胞が細胞死に向かうために重要な役割を果たす分子の1つと考えられ、ストレスに応答して過剰に核内に集積したimportin αがSTK35の発現を増加させ、ストレスを回避できなかった細胞の死を誘導するのではないかと推測されるという興味深い結果が得られた。今後は、核内でSTK35がリン酸化する標的分子を同定し、どのようなカスケードで細胞核はストレスに対処するのかを明らかにしていく。
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