研究概要 |
本研究の目的は,読書の中でも速読に焦点を当て,人間の読書能力の熟達化のプロセスを,従来の心理実験を併用しつつ,主に脳科学的な手法(ブレインイメージングの手法)を用いて解明し,さらにその成果を教育場面に応用することにある.今年度は以下の2つの実験を実施した. 昨年度は,読むスピードも速くかつ内容理解も深い速読者とそうではない非速読者の視覚的注意能力の差を,視覚的探索課題を用いて調べた.その結果,単一特徴課題(色課題・傾き課題),複合特徴課題のいずれにおいても,速読者は非速読者に比べて有意に高いパフォーマンスを示した.このことは,非速読者に比べて速読者は,能動的な視覚的注意と受動的な視覚的注意のいずれにおいても優れていることを示しており,速読訓練で視覚的注意が強化されることによって速読が可能になっていることを示唆するものだが,この視覚的注意の強化が,注意の範囲に関係するのか,それとも注意の単位面積あたりの情報処理量に関係するのかが明確ではなかった.そこで今年度は,範囲をサイズに,単位面積あたりの情報処理量を密度に対応させ,それらを変化させた視覚的探索課題を用いて速読者の強化された注意がどのような特徴を持つものであるかを検証した.その結果,速読者と非速読者で注意の広さと密度にどのような違いがあるのかを調べた実験では,アイテム密度と被験者群間に交互作用があり,両群ではアイテム密度に対しては反応が異なることが明らかとなった.このことは,速読者はアイテム密度が高くなっても反応時間が極端に遅くならず,密度に対する注意が強化されたことを示唆している新たな知見である. 昨年度は,速読者と非速読者の読書時の脳活動の違いを,近赤外分光法を用いて調べた.その結果,非速読者が読書を行う場合には,多くの先行研究で示されている通り,ウェルニッケ野および聴覚野が賦活したのに対し,速読者が速読を行う場合には,ウェルニッケ野が賦活していないことが明らかになった.また,一部の速読者の酸化ヘモグロビンの変化に周期的な波が観測された.この結果を受けて,今年度は,非速読者が速読訓練を実施しながら速読者へと熟達していくプロセスを脳科学的に解明するために,熟達化のクリティカルな段階において昨年度と同様な近赤外分光法による脳計測を,1名の被験者に対して繰り返し実施した.具体的には,この被験者が速読訓練を開始する前,開始した直後,視覚運動に変化が見られる分岐点と言われる3,000字/分の熟達段階に到達する前後,速読をある程度マスターしたと言われる10,000字/分の各段階で測定を実施した.その結果,ウェルニッケ野と聴覚野の不活性化に関しては明確な結果は得られなかったものの,熟達化するにつれて酸化ヘモグロビンの変化に周期的な波が観測されるようになり,熟達に伴う集中の強化と関連することが予想される脳計測の結果を得た.
|