研究概要 |
本研究では,読書の中でも速読に焦点を当て,熟達した読書能力をもつ者(速読者)とそうではない者(非速読者)との認知メカニズムの差を,心理物理実験とブレインイメージング計測とを併用することで解明した。具体的には,大きく以下の2点について研究を行った。 まず,読むスピードも速くかつ内容理解も深い速読者とそうではない非速読者の読書時の知覚メカニズムの差を,特に視覚的注意に焦点を当てて,アイカメラによる視線計測と視覚探索課題を用いた心理実験,により明らかにした。その結果,単一特徴課題,複合特徴課題のいずれにおいても,速読者は非速読者に比べて有意に高いパフォーマンスを示すことが明らかとなった。さらに,両者のこのような視覚的注意の特性を,注意の及ぶ範囲の意識的な制御可能性という観点から実験的に検討した。具体的には,Sperling(2004)の手法に従い,ディスプレイ上に視覚探索課題の刺激を表示する前に注意を向ける領域を指定し,その後同一画面上でコントラスト感度測定課題を実施した。その結果,速読者は大きさの異なる領域に対して適切に注意を向けられるのに対して,非速読者はできないことが明らかになった。これらの結果から,速読者が訓練によって強化されているものは視覚的注意であることが明らかとなった。 次に,同じく速読者と非速読者の認知脳科学的なメカニズムの差を,近赤外分光法を用いた脳計測によって明らかにした。その結果,非速読者が読書を行う場合には,ウェルニッケ野および聴覚野が賦活するのに対し,速読者が速読を行う場合には,ウェルニッケ野が賦活していないことが明らかになった。一般に,日本語の文字処理経路には仮名を処理する経路と漢字を処理する経路とがあり,後者の処理速度の方が速いと言われている。そこで,非速読者ならびに速読者に仮名文字だけの文章および漢字だけの文章を読ませ,近赤外分光法により脳計測を実施したところ,速読者は漢字経路を用いて読書を行っている可能性が高いことが示された。 以上の視覚的注意が及ぶ範囲の拡大と漢字経路を用いた速い処理速度から,速読者は非速読者に比べて約20〜30倍程度の速さで読書可能だと評価された。これは,実測値に合致しており,飛ばし読みではない速読は不可能であるとする従来の常識を覆す結果を得ることができたと言える。
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