研究概要 |
結晶中を通過する高速イオンは,結晶中の原子列及び原子面を横切ることで周期的な振動電磁場を感じる.これは一種の疑似光子と見なすことができ,このエネルギーがイオンの遷移エネルギーと一致するとき,イオンは共鳴的に励起される.これをコヒーレント共鳴励起(Resonant Coherent Excitation : RCE)と呼ぶ.我々は,今まで数100MeV/uの軌道電子を基底状態に持つArやFeイオンを,20μm程度の厚さのSi結晶中に通過させて,軌道電子を基底状態から励起準位にRCEを通じて励起させる実験を行ってきた.この場合,面チャネリング条件下でイオンビームに対する結晶方向を走査することにより,共鳴エネルギーを変化させ,出射イオンのイオン化割合の増加を測定することからRCEを観測した.ところが,チャネリング条件にない場合には,入射イオンの結晶内電子や核との衝突回数が増加して,入射イオンに束縛されている軌道電子がすべてイオン化してしまうため,従来の方法ではRCEを観測することができなかった.しかし今年度,厚さ1μmという極薄結晶を用いて結晶中でのイオン化を大幅に抑えることにより,非チャネリング条件下におけるRCEを観測することに初めて成功した.このとき,イオンは3次元結晶実空間中において特定の原子面を横切る際の周期によって励起されるため,いわば,3次元コヒーレント共鳴励起(3D-RCE)といった状況が達成されたことになる. また,このとき得られた3D-RCEの共鳴プロファイルについて,従来のチャネリング条件下のものと比較検討した。チャネリング条件下で観測された共鳴プロファイルは,強い結晶静電場によるシュタルクシフトを反映して幅広になる.ところが,今回観測した3D-RCEの共鳴プロファイルは,幅が先鋭化し,ピークはイオンの真空中における遷移エネルギーに一致している.この条件下では,イオンは原子面を周期的に次々に乗り越えるため.面チャネリング下でイオンが感じていた結晶静電場も時間変動する。この周期が短い場合、結局シュタルクシフトは相殺されてしまうため,共鳴プロファイルが先鋭化するものと解釈される。来年度は,この3D-RCEに伴う脱励起X線観測を精密に測定する予定である.
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