研究概要 |
一酸化窒素(NO)は、医薬の分野では、血管拡張作用などを誘導する重要なシグナル物質として認識されているが、大気中に含まれる活性窒素分子種であるNOx[NOや二酸化窒素(NO2)からなる]は、代表的な都市大気汚染(光化学スモッグの原因物質など)の元凶物質である。わが国の大気中NO_2の環境基準は、40-60ppbである。都市大気には、おおよそ同じ濃度のNOが含まれている。窒素酸化物を唯一の栄養源として生育する、"大気汚染を好む"植物について研究する中で、大気中のNOx濃度をほぼゼロにした空気(-NOx区)とNOx濃度を都市大気の汚染レベル程度に高めた空気(+NOx区;200ppb ^<15>NO_2)で植物を栽培(2.5月)した結果、+NOx区で栽培した植物のバイオマス生産量は、-NOx区の1.5-2.0倍高かった。 全葉面積、植物当たりの主養分含量(C, N, S, P, K, Ca, Mg)や遊離アミノ酸量および粗タンパク質量は、いずれも+NOx区が-NOx区比で、1.5-2.0倍高かった。さらに、重窒素ラベルNOxで曝露し、根からN源として非ラベル硝酸を与えて同期間栽培し、植物の窒素分析したところ、NOx由来のNの全Nに対する貢献度はごく僅か(<3%)であり、NOxはN源としてではなく、シグナルとして作用することが分かった。 NOxのこの植物ホルモン様作用を「植物バイタリゼーション・シグナル作用」と名づけた。「バイタリゼーション作用」は、当初Nicotiana plumbaginifoliaで見つかり、その後、シロイヌナズナ(Arabidopsisthaliana)、野菜類[レタス(Lactuca sativa L.)、ヒマワリ(Helinthus annuus L)、キュウリ(Cucumis sativus L)、カボチャ(Cucurbita moschata Duch. ex Lam.)、モロヘイヤ(Corchoru solitoriusL.)]でも確認された。以上の結果は、NOxが、将来における有用な農業生産シグナルであることを強く示唆している。塚谷裕一東大教授との共同研究により、シロイヌナズナの「バイタリゼーション作用」は、細胞数の増加によるものと結論された。リアルタイムPCR法により、サイクリン遺伝子、サイクリン依存性キナーゼ遺伝子、エクスパンシン遺伝子がシロイヌナズナ「バイタリゼーション作用」に関与する遺伝子であることが分かった。
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