アルツハイマー病(AD)は老人性認知症のうち、最も患者数の多い疾患であり、脳内老人斑の形成を病理特徴とする。老人斑の主成分はβ-アミロイド(Aβ)であり、Aβの生成と凝集がADの発症原因として有力視されている。Aβは前駆体タンパクAPPの細胞内代謝により生成するため、APPの細胞内代謝機構を解明することは、Aβ産生を抑制する創薬ターゲットを開発する上で重要である。我々はAPP代謝を制御する因子としてAPP結合性タンパクX11Lを見いだし、その結合制御機構の解明を行い、X11Lの制御領域が結合領域であるPhosphotyrosine interaction (PI)ドメイよりN末側にあることを見いだした。細胞にある種の刺激を与えることで、X11Lの結合を制御出来ることを解析し、細胞外からの薬剤刺激によりX11Lを標的とした新規Aβ生成抑制剤の可能性を提示した。しかしながら、全ての実験は培養細胞を用いた結果であり、個体の脳においてX11LがAPP代謝に重要な機能を果たしているかどうかは、全く未解明であった。そこで、X11L遺伝子破壊(X11L-KO)マウスを作製し、このマウスの脳における内因性APP代謝およびAβ生成を解析した。X11L-KOマウス脳では、APPの発現量は野生型マウスと同等であったがAPP代謝に変化が観察され、Aβの前駆体代謝産物CTFβおよびAβの生成量が増加していた。これは、野生型でX11Lの発現量が高い海馬で顕著であった。これらの結果は、X11Lが脳内で確かにAPP代謝の制御に関わっていることを示し、原因が未解明な弧発性ADの発症原因としてX11Lの機能不全が示唆された。細胞を用いた実験から、全てのX11LがAPPに結合して代謝を抑制しているわけではないことが明らかになっているので、脳内X11Lの活性化剤が弧発性ADの創薬ターゲットとして有望である可能性がある。X11Lは活性化により構造変換を行うことも明らかになり、構造変換を検出できる予備的成果も得た。従って、今後、老化やAD発症に伴って、脳内X11Lの動態がどのように変化するのかを解明することを考えている。
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