研究概要 |
遺伝性不整脈は、近年のヒト・ゲノム・プロジェクトをはじめとする分子遺伝学の進歩により明らかにされた比較的新しい概念である。すなわち、心筋イオン・チャネル遺伝子の多種多様な変異により招来されるチャネル病であることが判明した。なかでも心電図上、著しいQT時間の延長と特異な多形性心室頻拍を起こす家族性QT延長症候群(以下LQTS)は比較的若年者に見られ、心臓突然死を起こすことから注目を集めてきた。Brugada症候群は体表面心電図で特異的な胸部右側誘導のST上昇と右脚ブロックを伴い、夜間に多く発症する心室細動で突然死をきたす。その一部ではNaチャネルの遺伝子(SCN5A)異常が同定されている。一方、薬剤などに伴う2次性LQTSにおいても(1)何らかの遺伝子異常が潜んでいるがチャネル機能障害が軽度であるため、(2)薬剤や低カリウム血症など他のリスク・ファクターが重なってはじめて発病するのではないかと、我々は提唱してきた。1980年代初めから、主としてパッチクランプ法など心臓電気生理学的な方法論を用いて、イオン・チャネルの構造と機能の問題をより臨床的な観点から追求してきた。当初より、なぜ心筋は他の興奮性細胞と比べて再分極が遅れるのか、あるいは活動電位持続時間が長いのかに興味を持ち、Kチャネルの内向き整流性の謎について研究し、世界に先駆けて生理的な濃度の細胞内Mgイオンが内側よりチャネル孔を塞ぐことが原因の一つであることを解明した(J Physiol, 1987)。この研究をもとに心筋再分極の問題に取り組むことになり、LQTSとの関連からも交感神経による再分極の修飾に興味を持った(Nature, 1994 ; Circ Res 1995, JCI, 1997 etc)。1995年に世界で最初のLQTS関連遣伝子が同定され、我々も含め多数の研究室で2次性LQTSの中にも変異や多型(Single Nucleotide Polymorphism以下SNP)が発見・報告されている。我々は1996年から2次性を含めLQTS患者の遺伝子検索と発見された変異チャネルの機能解析を行い、臨床教室である強みで全国から貴重な症例(LQTS, Brugada症候群等)の紹介を沢山受けることができ(2006年1月現在、LQTS症例を含む600名の遣伝性不整脈患者のゲノムを集積)、この10年あまりの研究期間に、K channel(KCNQ1, KCNH2, KCNJ2)、Na channel(SCN5A)の遺伝子変異やSNPについて報告することができた。特に2次性QT延長症候群におけるgenetic variantsの報告を世界に先駆けて行っている。LQTSを中心とした遺伝性不整脈の研究は不整脈発症のメカニズム解明に新たな切り口を与えることになった。従来、不整脈とは最も疎遠と考えられていた分子生物学的な研究手法を当該分野に導入することになり、さらに、薬剤性を含めたQT延長に伴う心臓突然死の予知と予防を可能にした点は革命的な進歩であった。特に、近年、我々を含めた複数の研究施設から『LQTS関連遺伝子のSNPと不整脈発症』の問題が提起されており、もはや遺伝性不整脈は限られた特定の患者を対象とする疾患ではなくなった。さらに、あらかじめ関連SNPを知ることにより、一般人における薬剤の副作用などによる予期せぬ心臓突然死も未然に防ぐことも可能となり、本研究はいわゆるテイラーメイド治療の提供へ展望を開くものである。
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