準備研究において、細胞内Ca^<2+>ストア依存のメカニズムを仮定することによって、嗅内野皮質の単一神経細胞の多重安定な持続発火をモデル化した。しかしこのモデルは複雑なものなので、神経回路の研究にそのまま用いることはできない。そこでメカニズムの本質的部分を、数学的にはほぼ等価で、より単純な力学系に置き換え、回路レベルの短期記憶や時系列情報処理を探る神経細胞モデルを準備した。 大脳皮質の神経細胞は、UpとDownという、二つの閾値下状態を持つことが知られている。とくに運動や知覚関連の大脳皮質の自発的神経活動においては、この二状態間の自発的遷移が顕著にみられる。これは大脳皮質の神経細胞が双安定な膜電位状態を持つ可能性を示唆しているが、このような双安定状態が認知や運動において果たす役割に関心が寄せられている。そこでサルの帯状皮質野の遅延期間活動を解析し、帯状皮質の神経活動のレベルにも二つの状態が存在することを示した。さらに遅延期間中の状態遷移の生起時間は、発火率の多数の試行に亘る平均が、一定の上昇または下降傾向を示すように決められることを明らかにした。またこのような神経活動を、双安定な発火状態をもつスパイク・ニューロンの相互結合ネットワークで実現することを成功した。これにより、神経細胞の内部状態とリカレントな神経回路からの入力の相互作用効果によって入力の積分を行うことができる、新しい神経メカニズムを明らかにした。 またスパイク・タイミング依存のシナプス可塑性により、上述のような二状態間の自発的遷移が自己組織化できることを、現実的な大脳皮質神経細胞の回路モデルのシミュレーションによって示すことに成功した。さらに、最近の実験によって報告されたような、膜電位のUp-Down状態遷移のミリ秒精度の時系列が、自己組織化によって構成できることも明らかになった。
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