加齢による学習・記憶力の低下(加齢性記憶障害Age-related Memory Impairment : AMI)はアルツハイマー病などの病変を示さない健常老人でも起こる脳老化の重要な表現型であり、AMIの分子機構の解明は予防・改善薬の開発に重要である。我々は寿命の短いショウジョウバエを新たなモデル動物としたAMIの遺伝学的解析を行い、AMIは神経ペプチドをコードするamnesiac(amn)遺伝子依存性の記憶過程の特異的な障害を反映していること、2)従ってamn変異体ではもはや加齢による記憶低下が起こらないことなどを見出した。Amnesiac性神経は記憶中枢キノコ体に投射していることから、「キノコ体がAMIの場である」との仮説を立て、前年度ではキノコ体で発現する遺伝子の変異体に対して、AMIの網羅的解析を行った。その結果PKAの触媒部位をコードしているDC0遺伝子のヘテロ変異体DC0/+ではAMIの発現が2倍以上も遅延していることを見出した。本年度はDC0/+の詳細な解析を行い以下の結果を得た。(1)DC0/+でのAMIの発現遅延は複数の野生型バックグラウンドでも起こる。(2)さらにキノコ体でDC0遺伝子を発現させるとDC0/+でもAMIの発現遅延が解消された。(3)遺伝学的手法によりDC0-PEAの活性を上げるとAMIの発現が野生型より早くなる。(4)DC0/+ではAMIの発現は2倍以上遅延するが寿命の延長はみられなかった。以上の結果から脳の老化は個体老化と異なる遺伝子経路を持つこと、DC0は脳老化特異的な遺伝子経路に含まれることが示唆された。さらに加齢によるPKA活性に顕著な変化がみられなかったことから、我々はPKAのリン酸化基質が長期に亘り蓄積することがAMIの原因であるとの仮説を立てた。
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