研究概要 |
加齢性記憶障害(Age-related memory impairment, AMI)は個体老化と密接に関わる、広く種を超えて認められる脳の老化の重要な表現型である。我々は先に、AMIがこれまで考えられていたような記憶過程の全般的な低下ではなく、神経ペプチドをコードするamnesiac(amn)遺伝子が関与する、中期記憶形成過程の特異的な低下によることを示した。そこで、本研究ではAMIの原因遺伝子はAmnペプチドの受け手であるキノコ体内にあると考え、キノコ体に発現が予想される遺伝子のランダム変異体の加齢体での学習記憶行動を解析し、AMI変異体の検索を行った。その結果PKAの触媒部位をコードする遺伝子DCOと、もう一系統で、若いときの正常な記憶を加齢体となっても保持していることを見出した。そこで本研究ではDCOに着目して研究を進めた。我々は先ず、DCO変異体はAMIが抑制されているにも関わらず、驚くべきことに、寿命が正常であることを見出した。DCOに対する免疫染色を行ったところ、特異的なDCOタンパクの発現がキノコ体に認められた。また行動遺伝学的な解析から、野生型ではDCO活性により、amn依存性の中期記憶の形成が、加齢体で障害されることを確かめた。加えて、遺伝学的にcAMPIPKA経路活性をキノコ体で上昇させると、DCO変異体とは逆にAMIが促進されること、加齢期間中のcAMP/PKA経路活性ではなく、加齢体となってからのcAMP/PKA活性がAMIの原因となっていることなどを明らかにした。これらの結果をヒトに置き換えると、AMIが起きてしまった高齢者でもcAMP/PKA経路活性を下げることにより、記憶障害が可逆的に改善されることが示唆された。
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