3次元空間をゆっくり動く視覚対象からの視覚情報を正確に取り込むために、前額面の視標追跡に関わる滑動性眼球運動と奥行き方向の視標追跡に関わる輻輳眼球運動が必須であるが、これらはそれぞれ視標の網膜情報の異なる成分を用い、異なる脳内経路を経由する異なるシステムとして説明されてきた。しかし本研究代表者は、前頭眼野後部領域で、両眼球運動信号が統合されていることを明らかにした。この統合の大脳皮質下機構を理解する目的で、訓練したニホンサルを用い、滑動性眼球運動の実行器官として必須の小脳片葉領域の出力細胞であるプルキンエ細胞応答を調べた。サーチタスクとして滑動性眼球運動と輻輳眼球運動の両者を要求する視標追跡を行わせ、応答したプルキンエ細胞について、これら眼球運動に対する応答を個別に調べた。サーチタスクに応答した112個のプルキンエ細胞のうち、大多数(63%)は、滑動性眼球運動と輻輳眼球運動の両者に応答し、24%は輻輳眼球運動のみ、残りの13%は滑動性眼球運動のみに応答した。輻輳眼球運動に応答したプルキンエ細胞の大多数は輻輳眼球位置に対する応答を示し、約半数は輻輳眼球運動速度に対しても応答した。ステップ状の奥行き視標追跡に対し、大多数のプルキンエ細胞応答の開始は、輻輳眼球運動の開始よりも平均で63ms遅れた。輻輳眼球運動の開始に先行して発射したプルキンエ細胞は、極めて少数であった。これらニューロンは、サッカードには応答しなかった。以上の結果は、小脳片葉領域の追跡眼球運動に応答するプルキンエ細胞の大多数は、輻輳眼球運動の速度と位置情報を備え、逆に、滑動性眼球運動のみに応答するプルキンエ細胞は少数であることを示す。小脳片葉が3次元空間での追跡眼球運動信号を備えることは、小脳片葉の役割として、これまでの前額面での追跡運動制御の見直しが必要になることを示唆する。
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