アジア各地における飲用水のヒ素汚染が国際的大問題となっている。これらの国々では、ヒ素誘発癌の潜伏期が過ぎようとしており、癌患者が爆発的に増加し始めている。ゆえに、予防・治療方法を早期に確立するためにもヒ素が癌を誘導する機構を解明することが必要である。本研究では、ヒ素が、癌遺伝子産物であるチロシンキナーゼをはじめとするシグナル伝達分子をどのような機序で活性化するのかについて調べ、以下のような知見を得た。 1) ヒ素は、遺伝子変異により、すでに活性化されている癌遺伝子産物(チロシンキナーゼ)の活性をさらに数倍活性化(スーパー活性化)した。このスーパー活性化生物学的な意義について、癌化機構と関連づけて一部解明することに成功した。 2) ヒ素は「細胞外ドメインを持たないキナーゼ」と「細胞外ドメインのあるキナーゼ」の両方について活性を促進した。これは、ヒ素が細胞内でも作用することを示している。 3) ヒ素は、特定のアミノ酸をターゲットとして作用し、蛋白質の三次元構造を変化させることにより、キナーゼ活性を修飾する可能性を示した。 4) ヒ素により誘導されるチロシンキナーゼの活性化はスーパーオキサイドディスミュターゼ(SOD1)によって抑制することはできなかった。一方、紫外線のキナーゼ活性化作用は、SOD1により抑制された。これらの結果は、ヒ素は紫外線とは異なり、スーパーオキサイドの影響の少ないキナーゼ活性化機構が存在している可能性を示している。
|