研究概要 |
新規に発掘されたドル円為替レートの予測に関するサーベイデータ(世界経済情報サービスによる「為替レート予測レポート」(以下,WEISサーベイ))と,従来同分野で中心的な位置づけにあったサーベイデータ(国際金融情報センターが1985年5月に開始した「為替予測アンケート」(以下,JCIFサーベイ))を用いて,2つのサーベイデータにおける市場参加者の期待形成の違いについて比較分析を行った.市場参加者の期待形成過程を分析することは,為替介入のシグナル効果を検証する上で,有用な研究となると考える. 2つのサーベイデータの相違は,JCIFサーベイでは,あたかもLucas(1972)の「島国経済モデル」のように,回答者各人が他の回答者の予測値を予測時点で知りうる状況にはなく,また,回答者が期待形成に必要な情報を共有しているわけではない.それに対して,WEISサーベイでは,Grossman and Stiglitz(1980)の「情報効率的市場」のように,為替市場に関する月例研究会において,他の参加者の意見や情報を聞いた後に各人によって予測値が作成される.したがって,これら2つのサーベイデータの統計的属性を比較することによって,期待形成において「情報交換」がもつ役割に焦点をあてることになる. 分析結果から,JCIFサーベイとは異なり,WEISサーベイでは予測の不偏性や予測誤差の無系列相関性が棄却できず,その限りで合理的期待形成仮説を受容する.また,JCIFサーベイで明瞭に観察された期待形成メカニズムが予測期間の長さ(期近と期先)に依存する点は,WEISサーベイでは必ずしも安定的に観察されない.両サーベイにおける予測形成の差異は,サーベイ回答者の予測形成時点における情報交換の有無が関与していると考える.情報交換の有無に応じて,WEISサーベイは合理的期待形成の下になされる一方,JCIFサーベイの方は,過去の情報に基づくバックワード・ルッキングな期待形成メカニズムに従っていると考えられる.JCIFサーベイを用いた先行研究の結果には,十分な注意が必要であることが窺える.
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