研究概要 |
個人の福祉の達成可能性を情報的基礎とするセンのケイパビリティ・アプローチを用いて,重層的かつグローバルな社会福祉システムを構築するという本研究を達成するために,本年度は,次の3つの課題に取り組んだ. (1)資源配分問題に適用するために,センのケイパビリティ・アプローチに操作可能な数理的定式化を与えること. (2)センのケイパビリティ・アプローチの意義を,現代日本社会の文脈で確認すること. (3)社会保障・福祉を実施する主体としての擬似市場の可能性を探ること. 以下にそれぞれの概要を記そう. (1)センのケイパビリティ・アプローチの定式化に関する先行研究としては,Gotoh/Yoshihara(2003)が挙げられる.そこでは,「最小潜在能力最大化原理」が定式された.それに対して,本研究では,「障害配慮的基本所得」が定式化された.後者は,現在諸外国で採用され始めている「基本所得」政策にケイパビリティの観点を導入した資源配分方法であり,この方法を数理的に定式化したことの意義は理論的にも実践的にも大きい. (2)日本では,2003年12月から「生活保護」制度の見直し論議が始まり,2004年12月に改革に向けた報告書がまとめられた.そのプロセスに専門委員として関与していた本研究の主任研究者は,報告書を下敷きとしながらもそれを発展させることを意図して,「公的扶助の意味とそれをささえることの意義」という論文を執筆した.その中の1節は,母子加算の正当性をめぐる議論に焦点が当てられ,所得を指標とする現行の「格差均衡方式」を越えて,ケイパビリティの観点から,母子世帯の実態を捕捉することの必要性が明らかにされている. (3)社会福祉の担い手として,近年注目されているのは,NPO活動である.本研究では,NPOが担う社会福祉の特徴を,理論的に解明するとともに,3月に渡米し,アメリカでのコミュニティ事業の活動事例や教会の活動事例を調査分析した.これに関する研究成果は,第一に,「パネルII高福祉・高負担か低福祉・低負担か」日本経済学会2004年秋季大会,2004.9.15,岡山大学(共)貝塚啓明・小塩隆士・橘木俊詔・八代尚宏)で論じられ,討論の内容は近日刊行予定である.第二に,世界の社会福祉年鑑2005年度版「アメリカ合衆国」にて紹介予定である.
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