本研究では、強相関電子系を対象とし、光励起によって伝導性、光物性、磁性が高速に変化する光誘起相転移(スイッチング現象)の開拓を目指している。本年度は、モット絶縁体である有機電荷移動錯体M_2P-F_4TCNQにおいて、超高速の光誘起絶縁体-金属転移の探索を行なった。M_2P-F_4TCNQは、M_2P(ドナー:D)からF_4TCNQ(アクセプター:A)への電荷移動量が1である分離積層型の電荷移動錯体である。この系は、A分子間の電荷移動励起がギャップ(〜0.75eV)に対応する擬一次元モット絶縁体と見なすことができる。しかし、AD方向にも、AA分子間の遷移よりもわずかに高エネルギー側(〜0.95eV)に明瞭な電荷移動吸収帯が観測されており、AA間だけでなくAD間にも分子軌道の重なりが生じていることが明らかとなっている。そのため、この系では、AD間の電荷移動遷移を励起することで、DD積層に電子を、AA積層に正孔を注入することが可能であり、効率的に金属状態を生成できる可能性がある。AD積層方向の偏光で光励起を行なうと、ギャップに対応する電荷移動吸収帯のスペクトル強度が劇的に減少し、赤外域のスペクトル強度が著しく増大する。このスペクトル強度の大きな移動と、赤外域の吸収の増加分がエネルギーの低下とともに単調に増大するという実験結果から、光励起によって電子相関による秩序が融解し、金属状態が生成している(光誘起モット転移が生じている)ものと結論される。この金属状態の寿命は0.4ピコ秒であり、極めて速い。励起光と参照光の偏光依存性を詳細に調べたところ、金属状態は二次元的な性質を有すること、および、金属状態がAA間の光励起でも生じること、が明らかとなった。
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