研究課題/領域番号 |
16340092
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
木下 修一 大阪大学, 大学院・生命機能研究科, 教授 (10112004)
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研究分担者 |
渡辺 純二 大阪大学, 大学院・生命機能研究科, 助教授 (60201191)
八木 駿郎 北海道大学, 電子科学研究所, 教授 (30002132)
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キーワード | 光散乱 / マルコフ性 / 非調和性 / 協同性 / 揺動散逸定理 / ストークス散乱 / 反ストークス散乱 / 応答関数 |
研究概要 |
光散乱スペクトルにおけるストークス散乱(S(ω))と反ストークス散乱(AS(ω))強度は、系の周波数応答関数R(ω)との間に、S(ω)=[n(ω)+1]Im R(ω)、AS(ω)=n(ω)ImR(ω)、の関係があり、これらの間の強度比に対してはS(ω)/AS(ω)=exp(hω/kT)が成り立つ。(n(ω)はボーズ・アインシュタイン因子)この量子論的な揺動散逸定理に基づく光散乱の基礎表式は、物理・化学などの広い分野において、スペクトルの解析に用いられている。しかし通常の基準振動モードとは異なり、ω=0を中心とし、大きな散逸を伴った揺らぎのスペクトル(緩和モード)に対して、それが適用可能かどうかについて、これまで実験的に検証されていない。したがって光散乱の基礎表式に対する適用限界の存在を実際に示し、その限界が何により決まるのかを明らかにする事は原理的に極めて重要な問題である。さらに、対応する低振動数領域における協同的揺らぎのダイナミクスは、液体のガラス転移や結晶の構造相転移とも密接に関係しており、それらの本質的な理解の発展にも寄与するものと期待される。 本研究では、燐酸2水素カリウム結晶(KDP)の分極ゆらぎに伴う緩和モードについてS(ω)/AS(ω)を詳細に測定した。KDP結晶では、温度を低下させて構造相転移点(Tc=122K)に近づくとともに緩和モードの強度が発散的に大きくなり、その緩和時間は急激に長くなる。この緩和モードは、相転移近傍で分極が協同的に揺らいでいることによるものと考えられている。室温においては、S(ω)/AS(ω)はボルツマン因子に従う。しかし温度を下げて転移点に近づくと、緩和モードの強度が顕著に増大する約30cm-1以下の領域でボルツマン因子からのずれが現れ、原点付近では(ω)/AS(ω)=1に近づくことを見出した。このずれの現れる振動数領域は、スペクトルの半値半幅よりも広い。また、ずれの大きさは、170K以下の温度において、ω=15cm-1でS(ω)/AS(ω)=exp(-hω/kT)=0.95程度である。この結果は、これらの散逸的ゆらぎのスペクトル拡がりを、離散的なエネルギー準位の集まりとは解釈できないことを意味している。また、ずれの現れる振動数領域が緩和モードのスペクトル幅に対して広くなることは、この緩和モードの応答がマルコフ的であることを示している。さらに応答関数の温度変化との比較から、低振動数モードの非調和性に伴う散逸的性質がボルツマン因子からのずれに関係していると考えられる。以上のように、ゆらぎの協同性・非調和性が緩和モードのマルコフ性発現に重要な役割を果たしていることが明らかになった。
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