固体中で「縮態した基底状態のもとで電子がどのような軌道を占めるかの自由度」として与えられる軌道自由度は、これまでスピンと電荷の自由度の裏に隠された第3の自由度と見なされて来た。しかし、最近、強相関電子系を持つ遷移金属酸化物では、この自由度の重要性が強く認識され、軌道物性が注目を集めている。軌道自由度が長距離秩序を生じた軌道秩序状態は、新しい自由度が持つ1つの「相」として注目を集めている。特に、t_<2g>^1電子系では、量子揺らぎが大きく、軌道秩序にその揺らぎの効果が大きく現れるとする主張が理論的になされ、ホットな論争が続いている。この量子揺らぎの問題は、t_<2g>^1電子系の軌道状態に関して最も本質的な物理を含んでおり、その解明は軌道物性の研究において最重要課題の一つである。 本年度は、t_<2g>^1電子系としてYTiO_3をとりあげ、集中的な研究を行った。YTiO_3は、GdFeO_3型に歪んだペロブスカイト構造を持つキュリー温度30Kの強磁性体である。非制限ハートリー・ホック近似やGGA近似を用いたバンド計算から、4個のバナジウム・サイトで異なった波動関数が特徴的に配列した軌道秩序があるとされてきた。我々は、YTiO_3の単結晶試料を用いて、強磁性状態でのNMR実験を行った。特に、外部磁場を印加する方向を結晶軸に対して回転させ、NMRスペクトルの異方性を詳細に測定した。得られたNMRスペクトルを上記のような平均場近似に基づく解析では、理解することができず、電子の電気四重極モーメントが平均場近似の場合と比べて約半分に縮んでいるとするとよく再現できることを明らかにした。この電気四重極モーメントの縮みは、交換相互作用による軌道揺らぎに起因すると考えられ、もしそうであれば、本実験は軌道揺らぎを直接観測した最初の例と言える。
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