3d遷移金属酸化物では、3d電子が持つ電荷・スピン・軌道の3つの自由度によって様々な量子物性が発現する。軌道自由度は、従来、電荷とスピンの自由度の裏に隠された自由度と考えられ表舞台に現れることはほとんどなかった。しかし、最近、軌道自由度が長距離秩序を起こした「軌道秩序」、その励起状態が波として伝わる「軌道波」、低温まで秩序しない「軌道液体」などの新奇な量子相が見出され、軌道物性が注目ざれるようになって来た。本研究では、核磁気共鳴(NMR)法を用いて、これらの軌道物性の研究を行った。軌道物性の中で、量子効果は重要であり、特に、t_<2g>電子系で顕著に現れることが期待される。軌道秩序が生じているとされていたYTiO_3では、大きな軌道揺らぎを持つことを明らかにした。これは、t_<2g>^1電子系で軌道揺らぎがNMRで直接観測された最初の例である。また、Lu_2V_2O_7における軌道状態の研究は、NMRを用いて軌道秩序を見た典型例であり、軌道自由度を観測する上でNMRの有効性を示すことが出来た。これらの実験を通じて、NMRを用いた軌道状態の観測方法は、偏極中性子散乱、共鳴X線散乱など他の測定手段と相補的であり、特に、軌道波動関数や電子の電気四重極モーメントを直接観測できる点が大きな特徴であることを明らかにした。さらに、軌道自由度が物性の前面に現れないが、物性発現の舞台をつくり、新奇な量子物性を発現する場合がある。そのような系として、バナジウム・ブロンズβ-Na_<0.33>V_2O_5とη-Na_<1.286>V_2O_5を取り上げた。β-Na_<0.33>V_2O_5においては、軌道秩序のために、結晶構造とは異なった3つの梯子鎖が弱く結合した擬一次元構造を持つ電子構造を持つことを明らかにした。また、η-Na_<1.286>V_2O_5では、スピンギャップの起源と交換相互作用を支配する軌道秩序について研究を行った。
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