(1)動力学的反応論の立場から、「遷移状態」概念の適用限界を明らかにした。この限界は次の二つの場合がある。第一は法双曲的不変多様体の分岐である。第二は法双曲的不変多様体上のカオスが強くなることに起因する「遷移状態」の消失である。第一は2自由度系でも起こりうるが、第二の場合は3自由度系以上でのみ見られる現象であり、これまで考えられてこなかった可能性である。法双曲的不変多様体近傍における標準形理論に基付いて従来の「遷移状態」概念が、このような二つの場合に適用できなくなること示すとともに、これを越える新たな理論的方向性を示唆した。 (2)非エルゴード適なポテンシャル井戸を持つ3自由度系以上の反応過程において、べき的な挙動が存在することを明らかにした。このようなべき的挙動の存在は、従来の現象論的な反応論で用いられてきたレート方程式の適用限界を示している。特に分子レベルの情報処理の問題と関連して、「マックスウエルの悪魔」の観点から見ても重要である。ウエーブレットを用いた共鳴解析に基付き、このべき的挙動が共鳴交差の階層性に起因する可能性を指摘した。 (3)ウエーブレットを用いた時系列解析をたんぱく質モデルの分子動力学に応用し、ゆっくりした集団運動の抽出に有用であることを示した。また非定常な分子動力学計算の時系列解析においても、多項式フィッティングと組み合わせることで、非定常な集団運動の抽出に有効であることを明らかにした。さらに時間スケールの異なる運動の間の相関関数を用いて、異なるスケール間の運動の伝達を解析した。
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