融点近傍の液体セレンは、共有結合で結ばれた2配位鎖状高分子構造を有する液体半導体である。温度の上昇に伴い液体セレンの電気伝導度は増加し、高温・高圧下の超臨界領域では光学ギャップが閉じ、半導体から金属に転移する。このとき平均の鎖長は10原子程度まで短くなる。これまで融点近傍の液体セレンの動的構造は中性子非弾性散乱により調べられ、共有結合を有する分子性液体の振動状態密度や、原子の個別的運動や拡散に関する成果が報告されている。しかし波数の小さい領域での励起エネルギー-遷移運動量の分散関係に関してはこれまで報告がない。我々は今後高温・高圧下の実験を行うことを視野に入れ、融点近傍の250℃と500℃における液体セレンの動的構造を高分解能非弾性X線散乱実験により調べた。実験はSpring-8のBL35XUビームラインで行った。液体セレンの静的構造因子の低角側から第2ピークを含む、2から43nm^<-1>の波数領域で、±40meVのエネルギー範囲を走査し、動的構造因子を求めた。静的構造因子の第1ピークより低角側では、非弾性散乱が明瞭に観測できた。一般化ランジュバン理論に基づく記憶関数を利用した公式を使って解析し、励起エネルギー-遷移運動量の分散関係を求めることができた。500℃における運動量ゼロ付近の分散は1500ms^<-1>の音速の傾きにほぼ一致した。これは超音波で測定された音速880ms^<-1>と比べて著しく速い。得られた緩和時間などのパラメータから判断すると、液体セレンは非弾性散乱が観測された最小の波数2nm^<-1>ですでに粘弾性領域にあることを示唆している。これは液体金属やアルゴンなどのファン・デル・ワールス流体と異なり、共有結合で結ばれた高分子構造を有する液体セレンの特徴的なダイナミクスと考えられる。
|