研究概要 |
北太平洋における,表層混合層の水が等密度面に沿って沈み込む速さ,すなわちサブダクション率を,高精度・高解像度等密度面気候値データおよび冬季混合層気候値データを用いて,水温・塩分階級ごとに見積もり,これを永年密度躍層の水温・塩分特性と比較した.その結果,通気密度躍層(永年密度躍層のうち,混合層から沈み込んだ水が直接流入し得る部分)下部の海水特性は,混合層から沈み込む水よりも高温・高塩分傾向にあることを示した.これは,非拡散的なサブダクションによる永年密度躍層の水温・塩分関係の維持という古典的描像と矛盾する特徴といえる. 船舶観測やプロファイリングフロート観測などを実施して,通気密度躍層下部の海水の沈み込み域である亜熱帯・亜寒帯移行領域の前線構造が,上記の密度躍層の特徴と密接に関わっていることを以下のとおり明らかにした。密度変化を補償するような水温・塩分前線の亜寒帯側に発達する低温・低塩分の冬季混合層において,通気密度躍層下部を代表する低渦位水である中央モード水と同程度の密度を持ちながら,より低温・低塩分の低渦位水が形成されることを見出し,これを移行領域モード水と名付けた。移行領域モード水の上に,春季以降,より高温・高塩分で,かつ、密度が同程度の亜熱帯系の海水が乗り上げることにより,活発なソルトフィンガー型二重拡散対流が生じて,移行領域モード水は数ヶ月以内で高温・高塩分の中央モード水に変質していた。この過程こそが,沈み込み域と通気密度躍層との海水特性の食い違いの原因であった。 永年密度躍層の水温・塩分構造が,非拡散的なサブダクション過程では維持されず,海洋内部での鉛直混合がその維持に本質的な役割を担っているという知見は,永年密度躍層の構造とその成因を精密に理解するための基礎となり,長期の気候変動予測に耐える海洋大循環モデルや物質循環モデルの開発にも資するものと考えられる。
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