研究概要 |
アミノ酸配列から蛋白質の立体構造を非経験的に予測することは未だ成功していないが、ホモロジーモデリングや3D-1D法など、構造既知の蛋白質との類似性にもとづいて、新規アミノ酸配列を持つ蛋白質の構造予測をする方法が発展しつつある。本研究は、これらのモデリング構造や解像度の低い実験構造など、何らかの形で蛋白質の構造が得られた場合に、それら初期構造として非経験的電子状態計算による構造最適化を行うことにより、精密な信頼性の高い構造を求める手法を確立することを目的とする。研究代表者らが10年程前から開発してきたフラグメント分子軌道(FMO)法によると、数百CPUによる並列計算が高効率で行えるため、蛋白質のような巨大分子の構造最適化計算が現実的に可能になってきた。 本年度は、FMO法の高速化と高精度化を行うとともに、FMO法の計算構造の精度を検証するために、ポリペプチドで標準ab initio MO法と比較した(計算はすべてRHF/3-21(+)Gレベル)。アラニン10量体のα-helix、β-turnとextended配座異性体およびMet-enkephalin二量体で比較した。両者の構造は、原子のデカルト座標の最小二乗変位(RMSD)で最大0.20Åであった。これによりFMO法がab initio構造を非常に精度よく再現することが確認できた。次いで、合成ポリペプチドのアルファー1二量体、植物毒蛋白質のcrambinおよびIgG結合蛋白質のB1ドメイン蛋白質ProteinGの構造最適化を行った。これらの系の原子数は、それぞれ、440、642、855で、基底関数の数は、それぞれ、2,404、3,633、4,766である。最適化構造とX線またはNMRの実験構造とのRMSDは、それぞれ、(3AL1、0.85、0.62)、(1CRN、0.56、0.40)、(2GB1、1.05、0.71)であった(括弧内はPDBのID、全重原子のRMSD、骨格原子のみのRMSDで、RMSDはÅ単位)。これらの結果は、非経験的電子状態計算で得られる蛋白質構造(気相中の構造)が、結晶中または水溶液中の構造とほぼ同じであり、低解像度の構造データの精密化に使えることを示している。現在、FMO法プログラムに動的負荷分散の仕組みなどより高速化のための改良を加えて、数千原子の蛋白質の構造最適化計算を実施中である。 方法論の開発に関しては、全エネルギーなどのプロパティを高い精度で計算するために、より大きな基底関数による電子相関を考慮した計算が可能なFMO法(FMO-MP2法)と、高精度電子状態理論(計算時間大)と低精度電子状態理論(計算時間少)を混在して用いることができるマルチレーヤーFMO法を開発した。
|