本研究課題では、[NiFe]ヒドロゲナーゼ活性部位の人工構築に取り組み、活性部位の構造的特徴の多くを、先例のない高い精度で再現することに成功した。 (1)出発物質に鉄二価カルボニル錯体、チオラート塩、および溶媒和した臭化ニッケルを用い、自己集合的な反応からFe-Ni-Ni-Fe骨格を有するカルボニル鉄-ニッケルのチオラート架橋錯体を合成した。反応のポイントは低温での反応であり、本研究では全ての操作を-40度で行うことで、再現性良く反応を行うことが可能であった。化合物の熱的不安定性は鉄二価イオンとカルボニル基の結合の弱さ、すなわち鉄からCOへの逆供与の弱さに起因している。実際、CO雰囲気下では、化合物の分解が大幅に遅くなることを確認した。 (2)得られたFe-Ni-Ni-Fe四核錯体はニッケル間に置換活性な臭素イオンが架橋している。そこで臭素イオンをチオラートに置換することでFe-Ni-Ni-Fe骨格を二つのFe-Ni二核ユニットに分割し、[NiFe]ヒドロゲナーゼ活性部位を模倣する一連の二核錯体を合成した。合成した構造モデルは、鉄周りが三つのカルボニル基と三つのチオラートで囲まれ、ニッケル周りが四つのチオラートの配位を受けており、これらの特徴は天然の活性部位の構造と非常に類似している。 (3)合成したFe-Ni二核錯体を用いた反応も検討した。COで機能阻害された[NiFe]ヒドロゲナーゼはニッケル上にCOを持つことが最近確認されたが、酵素反応過程に存在すると予想される二価、三価のニッケルにCOが結合した化合物の例はほとんどなく、その真偽が問われていた。本研究では合成した二核錯体を用いて、実際にニッケルにCOが配位することを明らかにした。また水素活性化への布石として、鉄とニッケルの間に存在するチオラートの置換反応を検討し、チオラートの一つを選択的にクロリドへ変換することに成功した。
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