酵素反応は高い立体および位置選択性を示す。これは、酵素が作る反応場の構造に由来している。酵素の反応場には基質結合サイトと活性サイトがあり、基質結合サイトは基質のある特定部位が活性サイト近傍になるように基質を固定している。そのため活性サイトから攻撃をうける部位は限定され、高い反応選択性を示すのである。我々はこの考えを逆手にとり、基質の中で我々が反応させたい部位が活性サイト近傍に位置するように酵素内で新たに基質結合サイトを再構築することができれば、ひとつの酵素からさまざまな物質を立体選択的に合成できると考えた。そこで本研究ではこの考えを検証するため、ヘムオキシゲナーゼを用いて本手法に基づいた反応選択性の人為的制御を試みた。本年度の研究では、緑膿菌のヘムオキシゲナーゼを題材に検討を行った。緑膿菌のヘムオキシゲナーゼは、これまでに知られている多くのヘムオキシゲナーゼと異なり、β異性体とδ異性体を生成する。我々は最近、緑膿菌のヘムオキシゲナーゼの特異な選択性の機構を明らかにした。緑膿菌の酵素内では、基質のヘムが90度回転して取り込まれていることを明らかにした。また、ヘムの表裏が酵素により認識されていないため、活性部位にはβ位とδ位が位置するようになり、β異性体とδ異性体の混合物を与えたのである。そこでさらにこの結果を基に、この酵素にヘムの表裏の認識能力を与えることを試みた。酵素の立体構造を基に、活性部位近傍に位置する種々のアミノ酸のミューテーションを行い、それらミュータント内でのヘムの配向を^1H-NMRにより検討した。また、酵素生成物の解析を行い、表裏の配向との関わりを検討した。その結果、ヘム配位空間内のたった2つのアミノ酸残基をミューテーションするだけで、選択性をもたなかった酵素がβ異性体を95%の選択性で生成する酵素に変換することに成功した。
|