本研究では、ヘムオキシゲナーゼというヘム代謝を行う酵素を研究題材にして、酵素反応選択性を人工的に自在に変換することをめざした。ヘムには、酸化的解裂反応を受けうる部位が4つ存在する。それらはα、β、γ、δメソ位と呼ばれている。化学的にヘムを分解すると、これら4つの部位がそれぞれ解裂した4種類の異性体をほぼ同じ当量で生成する。しかし自然界のヘムオキシゲナーゼは、αメソ位が解裂した異性体のみしか生成しないことが知られている。本研究では、ヘムオキシゲナーゼがもつαメソ位選択性の機構に基づき、反応させたいメソ部位が活性点近傍に来るようにヘムオキシゲナーゼの活性中心を再構築して、反応選択性を自在制御した。酵素の反応場には基質結合サイトと活性サイトがあり、基質結合サイトは基質のある特定部位が活性サイト近傍になるように基質を固定している。そのため活性サイトから攻撃をうける部位は限定され、高い反応選択性を示すのである。我々はこの考えを逆手にとり、基質の中で我々が反応させたい部位が活性サイト近傍に位置するように酵素内で新たに基質結合サイトを再構築することができれば、ひとつの酵素からさまざまな物質を立体選択的に合成できると考えた。ヘムを酵素内で90度反時計回りに回転させ。α選択性を示すヘムオキシゲナーゼをδ選択性の酵素へと変換することに成功した。ヘムの回転は、NMRや酵素のX線構造解析から証明することができた。また、ヘムの配向を制御することにより、本来選択性をもたない酵素からβ選択性とδ選択性をもつ酵素をそれぞれ作成することができた。本研究の成果は、ヘムオキシゲナーゼの反応選択性を自在に制御できることを実験的に示しただけでなく、ヘムオキシゲナーゼの反応選択性の機構をより明確にし、今後この手法がより多くの酵素に適応できる新しい概念になる可能性を示したものであると考える。
|