研究概要 |
昨年度までの研究成果により,強付着性トルエン分解細菌であるAcinetobacter属細菌Tol 5株は,周毛性繊維とアンカーの2種類のセルアペンデージにより,その付着力を発揮していることが明らかとなった。今年度は,その付着機構の解明を進めるため,付着力の低下した変異株T1をトランスポゾンミュータジェネシスにより取得した。T1の付着力は野生株の16%程度であり,T1細胞は2種類のアペンデージを失っていることが明らかとなった。野生株の細胞付着は,これまで微生物の付着過程を説明するのに用いられてきたDLVO理論に従わないという実験結果が得られていたが,T1株の付着がイオン強度に依存することから,T1株はDLVO理論に従うことが示された。また,野生株はポリウレタン担体とのわずか30秒の接触で負可逆な付着を達成するのに対し,T1株の付着は可逆的なものであることも明らかとなった。以上の結果により,Tol 5株は,アペンデージによりDLVO理論に従わない一段階の付着を達成することが示された。 付着に関わる分子機構を解明するため,トランスポゾン挿入部位近傍の5kbpの遺伝子断片をクローニングした。塩基配列の解析の結果,トランスポゾンは4kbp以上の構造遺伝子上に挿入されていたことが明らかとなった。クローニングした5kbp断片はプロモーター様配列を含み,オートトランスポータータイプの付着因子蛋白質をコードしていることが推定されたが,C末側は5kbp断片上には含まれておらず,さらなるクローニングが必要であることがわかった。推定蛋白質は,明らかとなった部分の一次構造において,歯周病菌の付着因子EmaAと30%程度のホモロジーを有していた。EmaAは20万Daの巨大な一本鎖ペプチドから成る蛋白質であることが報告されており,Tol 5の付着因子もそのような巨大ペプチドであると思われる。
|