研究概要 |
リンは,カリウム,窒素とともに,植物成長における三大栄養素の一つである.土壌中には,植物が利用可能な可溶性無機リン酸は極く少量のため,多くの植物は常にリン酸飢餓状態にある.そこで植物は,リンの利用を効率化する様々な生理機構を進化させてきた. 本研究では、その生理機構の一つとして、体内に取り込まれたリン酸が,老化葉組織から若年葉組織、あるいは異なる組織間を移行していくリン酸「転流」機構を,老化葉組織における蓄積リン酸の放出,維管束における輸送,若年葉組織における取り込みの三点に絞り,それぞれの組織,細胞でどのような膜輸送系が機能しているかを検討してきた。 この三年間で、シロイヌナズナ植物体を用いて、転流に関与すると思われる遺伝子を複数見出し、それらの変異体の転流に異常が生じることを明らかにした。また、葉組織において維管束から、葉肉細胞にリン酸がどのように分配されているのかを明らかにするために、葉肉細胞と維管束細胞を個別に生きたまま単離する系を確立した。さらに、リン酸を取り込んだ細胞において、細胞質のリン酸濃度維持に重要な働きをする液胞膜のリン酸輸送調節機構を明らかにするとともに液胞膜のプロテオーム解析を進め、新規のタンパク質を多数見出し、現在その機能同定を進めている。 また、オオムギを材料に、一枚の葉の中で生じるリン酸イオン勾配を確認し、導管内では維管束走向に従った濃度勾配が存在するが、葉組織ではそのような勾配が生じないこと、さらに、導管末端では、排水組織のみでリン酸が強く吸収されることと、吸収されたリン酸が24時間で、根の末端まで再転流することを見出した。同時に、一枚の葉の中におけるリン酸輸送体の発現量の変動をリアルタイムPCRで確認し、オオムギのリン酸輸送体が葉全体にわたってほぼ一様に発現するが、一部輸送体では排水組織で特異的に発現し、それが排水組織の強いリン酸吸収能をもたらしていることを見出した。 最後に、このようなリン酸転流過程が、自然界でどのように機能しているかを、水草を用いて分子レベルと生理レベルから明らかにした。
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