研究概要 |
クロショウジョウバエ区の地理的分布と野外生態調査は,暖温帯と冷温帯の移行帯である新潟阿賀野川流域,亜熱帯域の沖縄本島北部琉球大学演習林,台湾福山自然保護区で行った.南西諸島での優占種はangor群とfluvialis種群で,加えてquadrisetata種群の1新種が発見された.南西諸島ではrobusta種群は確認されなかったが,台湾高地ではrobusta種群・lacertosa亜群とokadai亜群が生息していた.本来,robusta種群は温帯種であるので,最終氷期後の気温の上昇に伴い北方に生息地を移した,また台湾では冷涼な高地に逃れたと考えられる.台湾から発見されたquadrisetata種群の新種は日本本土に広域分布しているDrosophlla quadrisetataに,本邦産新種は中国南部から台湾に分布するDrosophila potamophilaにそれぞれ最も近縁であることが外部形態比較および分子系統樹から明らかになった.これらのことは,日本列島に生息しているクロショウジョウバエ区の多くの種群は,日本列島が大陸の周辺部であった第四紀最終氷期に南中国・台湾を経由してきた子孫達であることを強く示唆する.温帯性のmelanica種群とvirilis種群については,その起源を中国西南部雲貴高原に求めることができ,日本を含む東アジア弧状列島が,現在,欧米に分布している種にとっての祖先種の移住回廊となっていた. 新しく開発された飼育法を用いて,okadai亜群2種(Drosophila okadaiとD.neokadai)の季節消長と光周期反応を調べた.両種は強制休眠の年1化性種と思われていたが,短日条件下でのみ生殖休眠が誘起される条件休眠種であり,冷温帯域では生育可能な期間が限られているので年1世代しか完了できない.暖温帯域での生活史は今後の研究課題である.クロショウジョウバエ区には,近年,急激に分布が拡大している種と多くの地域で消滅したと思われる種が両方含まれている.前者の例はDrosophila quadrisetataで,北海道東部域(最小の46温量指数域)でも最優占種であった.後者の例はrobusta種群・robusta亜群のDrosophila sordldulaで,全調査地域で皆無または最稀少種であった.このようなショウジョウバエ相の急激な変化の原因については不明である.
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