これまでの私たちの研究で、日本列島の落葉性ナラ類(ミズナラ、コナラ、カシワ、ナラガシワ)は東北日本と南西日本のグループに分けられることが、葉緑体塩基配列の解析によって明らかになった。これはそれぞれ氷河期にユーラシア大陸北方からサハリン経由で移動したものと、南方から朝鮮半島経由で移動してきたものが温暖化により植生の範囲を拡げ、日本中央部で接したものであることが示唆された。本研究では(1)ロシア、中国、朝鮮半島のナラ類の葉緑体の変異を調べ、広く東北アジアにおけるナラ類の遺伝的構造を明らかにすること、および(2)核遺伝子のレベルで変異を調べ、2つのグループが異なる自然選択を受けたことを明らかにすることを目的とした。 (1)として中国東北部でナラ類の採集を行った。このサンプルについて葉緑体の変異を調べた。またロシアのサンプルについては鳥取大学の佐野助教授よりサンプルを譲渡してもらい解析した。その結果、ナラ類の移動について上記のことを支持する結果が得られた。(2)ではメチオニンシンターゼ(methionine synthase)遺伝子の解析を行った。この遺伝子はメチオニンの生合成のほか、植物ホルモンであるメチレンの合成やこれらを介して生体防御にも関与している。東北及び南西日本の10集団、各5個体の計50個体についてチオニンシンターゼ遺伝子の第1から第4エキソンまでの約1500bp塩基配列を決定し、解析した。その結果、12個の塩基置換が見つかり、合計9個のハプロタイプが区別された。これらは大きく2つのグループ(α、β)に分けられた。これらのグループには地理的な構造はなかった。集団サイズの変動がないと仮定すれば、この遺伝子にはかなり強い選択圧が働いていることが予想される。これについてより詳細な解析を進めるためにコンピュータシミュレーションのプログラムを開発した。
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