1)PS生合成機構に関する研究:動物細胞のPSは既存のリン脂質(ホスファチジルコリン(PC)及びホスファチジルエタノールアミン(PE))とセリンとの塩基交換反応により合成されるが、分子種組成決定の主要因としては、リン脂質塩基交換反応を触媒する2種のPS合成酵素(PSS)1、2の基質選択性である可能性と、合成された後のアシル基のリモデリング反応である可能性が考えられる。どちらの機構が妥当であるかを明らかにするには、PSSの基質選択性を決定することが重要と思われる。そこで、これら酵素のどちらか一方のみ或いは双方を発現したCHO細胞PSのアシル鎖の相違について、質量分析法により解析を行った。その結果、いずれの細胞においても同様な分子プロファイルを示し、顕著な差は認められなかった。したがって、二種の酵素により合成されるPS分子種には顕著な違いがないか、或いは、合成された後リモデリング等により同様なプロファイルを示すものと考えられた。 2)PS生合成の制御機構に関する研究::哺乳動物細胞におけるホスファチジルセリン(PS)生合成及びその調節過程の分子機構を解明する一環として、PS合成酵素(PSS)1の活性およびその調節に重要なアミノ酸残基を明らかにした。PSS1のPS合成活性は通常、外来性PSにより著しく阻害されるが、この制御に少なくとも6アミノ酸残基が関与していた。また、単独のアラニン置換により、PS合成活性がほとんど失われるアミノ酸は少なくとも13残基あった。このうち1残基は基質特異性に関わり、5残基はこの蛋白の発現或いは安定性に影響を及ぼした。同定したアミノ酸残基の分布より、この酵素の活性中心と調節部位は独立して存在するものと考えられた。 3)ウィルス増殖における宿主細胞膜PSの機能:SINVの遺伝子発現におけるPSの関与を詳細に調べるため、ウィルス構造遺伝子をlacZ遺伝子に置換したSINVレプリコンRNAをCHO細胞PS合成変異株に導入し、β-ガラクトシダーゼ産生量と同蛋白質をコードするサブゲノミックRNA量、及びSINVレプリカーゼ量の時間変化を解析した。RNA導入15時間後、低PS含量の細胞ではβ-ガラクトシダーゼ発現量がPS含量正常細胞の半分に低下したが、サブゲノミックRNA量、及びレプリコンRNAから翻訳されるレプリカーゼ量にそのような低下は見られなかった。従ってPS含量の低下により、サブゲノミックRNAの翻訳が特異的に阻害されることが示唆された。サブゲノミックRNAが翻訳されるために必要な構造変化、あるいはリボソームへの輸送の過程に、PSが関与することが考えられた。
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