重金属の生理作用に着目して脳機能を理解し、脳疾患の予防法を明らかにするために、亜鉛、マンガン、鉄等の重金属が神経伝達に不可欠であり、高次脳機能を巧妙に調節する一方で、脳内局所における重金属のホメオスタシス変化が脳の機能変化、病態と密接に関係するとの独自のコンセプトで研究を展開してきた。本研究では、記憶・学習を司る一方でグルタミン酸神経毒性に脆弱な海馬に亜鉛が高濃度に存在することから、グルタミン酸シグナルを介した興奮性シナプス神経伝達におけるシナプス小胞亜鉛の役割を検討した。 海馬細胞外液に膜不透過型亜鉛キレート剤であるCaEDTAを添加すると、細胞外グルタミン酸濃度が低下する。そこで、神経活動に伴いシナプス間隙に放出される亜鉛がシナプス前ニューロンに対して負のフィードバックファクターとして働く可能性を、ラット海馬スライスを用いて調べた。その結果、海馬スライス外液にCaEDTAを添加してテタヌス刺激を与えると、神経終末(グルタミン酸作動生でシナプス小胞に亜鉛を含む歯状回顆粒細胞由来苔状線維終末)において、カルシウムシグナルが増加した一方、亜鉛添加では減少した。亜鉛が神経終末でのカルシウム流入を抑制し、グルタミン酸の開口放出を抑制することが考えられる。開口放出を観察するFM4-64蛍光プローブを用いて同様に検討したところ、テタヌス刺激時において亜鉛は神経終末における開口放出を抑制することが明らかとなった。また、今回用いたテタヌス刺激により記憶のメカニズムと考えられている長期増強(LTP)が誘導された。したがって、神経終末から放出される亜鉛が同終末に対して負のフィードバックファクターとして働くことにより、シナプス伝達効率を調節し、記憶・学習に関与することが示唆される。
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