海馬歯状回穎粒細胞由来の苔状線維のシナプス小胞に亜鉛が高濃度で含まれる。この亜鉛は神経活動に伴いグルタミン酸とともにシナプス間隙に放出され、苔状線維のシナプス可塑性に関与することを報告してきた。一方、生体にストレスが負荷されると、視床下部-脳下垂体-副腎皮質系(HPA系)の活動が亢進するが、海馬はHPA系の負のフィードバック機構に関与する。新規環境下にラットを置いた場合にHPA系が活性化されるとの報告に基づき、今回、新規環境下でのラットの探索行動と海馬亜鉛の役割を検討した。新規環境下にラットを50分間置き、海馬CA3領域をin vivoマイクロダイアリシス法を用いて人工脳脊髄液で灌流し、探索行動時の細胞外の亜鉛とグルタミン酸の動態をリアルタイムで測定した。探索行動1日目では、細胞外グルタミン酸濃度が増加し、亜鉛濃度が減少した。2日目でも同様に変化したが、8日目には亜鉛濃度が探索行動前のベースレベルまで上昇した。また、8日目には探索行動と関連する移動時間が顕著に減少した。次に、細胞外亜鉛濃度減少の意義を検討するために、膜不透過型亜鉛キレーターであるCaEDTA灌流下でラットを新規環境に置いたところ、細胞外グルタミン酸濃度は増加せず、亜鉛濃度も減少しなかった。またラットの移動時間が減少した。 以上より、新規環境下における精神的ストレスによって、海馬細胞外でグルタミン酸と亜鉛が相反する動態を示すことがはじめて明らかとなった。今回の結果は、海馬神経細胞による亜鉛の取込がグルタミン酸作動性神経の活性化、ならびにラットの探索行動と関係することを示唆する。海馬神経細胞による亜鉛の取込は精神的なストレス応答ならびに空間認知に関与しているものと考えられる。
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