研究概要 |
これまでに我々は,形態形成のマスター調節因子であるHOX遺伝子群の発現異常が癌の転移・浸潤に深く関与することを示してきた.一方,上皮-間葉相互作用のメディエーターのひとつである肝細胞増殖因子(HGF)は種々の癌において転移・浸潤に促進的に働くことが知られている.本研究では,癌転移におけるHOX遺伝子とHGFの接点を,ヒト膵癌細胞株SUIT-2を用い細胞生物学的に検討し,以下の成果を得た. 1)SUIT-2細胞をHGFで刺激すると,39個のHOX遺伝子のうちHOXB3の発現だけがHGFの濃度依存的に刺激後24時間から徐々に亢進した. 2)SUIT-2細胞は,HGF刺激後24時間ですでに細胞分散を示し,細胞膜に局在していたE-カドヘリンおよびβ-カテニンが,それぞれ細胞質内および核内に移行した. 3)HGFによるHOXB3遺伝子の転写活性化に必要な転写制御領域を調べるために,HOXB3遺伝子の転写開始点の上流-2440から-1bpのプロモーター領域(P1)あるいはその下流+18966から+21855bpのイントロン2領域(P2)をルシフェラーゼ遺伝子(pGL3-TK)の上流に組み込んだレポータープラスミドをSUIT-2細胞に導入した.HGF刺激はプラスミド導入の24時間前に行い,ルシフェラーゼ活性はプラスミド導入24時間後に測定した.P1を連結したレポーターを導入した場合,ルシフェラーゼ活性は加えたHGF刺激によって上昇した.一方,P2を連結したレポーターでは,HGF刺激の有無にかかわらず,ルシフェラーゼ活性の変化は認められなかった. 4)以上の事実から,HGFはSUIT-2細胞の細胞分散を引き起し,E-カドヘリンから解離したβ-カテニンはTCF/LEF群の転写因子と複合体を形成し,核内に移行,HOXB3の転写を活性化することが推察された.
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