研究概要 |
腸管出血性大腸菌(EHEC)は、小児や高齢者に感染すると重症合併症である溶血性尿毒症症候群(HUS)を惹起し、予後不良となる。従来、HUSの発症には、EHECがもつタイプIII分泌システム(腸管粘膜定着機構)が必須であると考えられてきた。しかし、血清型O86大腸菌の場合には、タイプIII分泌システムをもたないのに小児がHUSを発症して死亡した。まず、血清型O86菌の粘着メカニズムを解析した。培養細胞系で調べた血清型O86菌の粘着様式は典型的なdiffuse adherenceであった。粘着因子はヒトとウシ血球で検出できるマンノース耐性ヘマグルチニン(MRHA O86)で、外膜蛋白であり、プラスミド(pO86A)にコードされていた。Tn5をくみこんだpO86Aの全塩基配列を決定した結果、長さは120,730塩基対(120kb)で、1,071個のORFをもち、162個は遺伝子と推定された。この中には、IgA1型セリンプロテアーゼ遺伝子や、EAggECの粘着因子領域(調節遺伝子aggRを含むオペロン領域)に類似した領域が存在した。この領域のORFをノックアウトした株を作成した結果、粘着性遺伝子としてhdaA(HUS-associated diffuse adherence)を特定できた。hdaAは170アミノ酸からなる蛋白をコードした。血清型O86菌の志賀毒素産生はファージにコードされていた。現在このファージの全塩基配列を決定中であり、挿入部位を特定する予定である。感染動物モデル(WIMモデル)で実験した結果、血清型O86菌の病原性はタイプIII分泌システムをもつEHECと同程度であった。また、志賀毒素によるサイトカイン産生を抑制する生薬アニソダミンの作用について研究し、抗原提示細胞とT細胞に働くこと、作用点はNF-κBの活性化段階(あるいはさらにその上流)で、転写の抑制であることをつきとめた。
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